OSSの生活史 第一集 第九篇 自分がずっとできなくて、でもやりたかったことだったので 語り手=藤田優貴(aruneko) 聞き手=大川貴久 2026-09-02 50分16秒 ──まず皆さんに最初にお聞きしていることとして、初めてパソコンに触ったきっかけとか、その最初の頃の記憶といったところからお聞きしておりまして。藤田さんが初めてパソコンを触った時とかきっかけとかって、何時か覚えてらっしゃいますか。  おそらく、まあ、ちょうど二〇〇〇年頃だったと思うんですけど。父親が持ってた富士通のノートパソコンに Windows 98 が入っていて、それを触って遊んでいたっていうのが本当の始めですね。 ──実際、パソコンで何をされてらっしゃったのですか。  中に入っているゲームとかやってまして。 ──プリインストールされている、あの、ピンボールとか、ああいうやつですね。  そういうやつ。 ──じゃあ、そこでもう、ご家庭にパソコンがあって、そのままずっとそのパソコンは、ゲーム以外にも使われて。  で、そのあとは、父親がまた XP のマシンを買ってきて。それをなんか、まあ一緒に触らせてもらったりとかっていう感じでしたかね。 ──じゃあ、ご自身が主にパソコンとか、そういったものに触るようになったのは、もうそのまま、パソコンを触られてたからそのままきっかけで、っていう感じ。  そうですね。はい。 ──初めてソフトウェアとか、そういったものに興味を持たれたっていうのは、具体的にパソコンを触り続けながらっていうところで、いつだったかとか。  まあ、いろいろあるんですけど。ちょっと SecHack の時にもお話ししたかもしれませんが、二〇〇三年ですね。二〇〇三年に、小学校のパソコンが新調をされたんですけど。それが Windows 2000 と Vine Linux のデュアルブートで、パソコンの授業が行われていたっていうところがあって。まあ、そこが、何て言うんでしょうね、Windows 以外との出会いでした。 ──なかなか自治体で Linux を採用されるってことがなかなか珍しいなと思ってお聞きしてました。  そうなんですよね。あれは一体誰の、どういう判断だったのか、未だに分からないんですけれども。まあ、でも、おかげで今こういう仕事をしているというところもありますね。  で、まあ、その後、当時 Yahoo!ジオシティーズという、無料でホームページを作れるサービスがありまして。あれは多分、小学校何年生だろう。四年生か五年生かな。五年生ぐらいの頃に。まあ、その友達のお父さんが、昔ソフトウェア的な仕事をしていたっていうのがあって、そのお父さんからホームページの作り方を習って、ジオシティーズで作ってみたんだ、みたいなのがあって。で、それに触発されて、自分も HTML とかを書くようになったっていうのが、まあ割と、その、何て言うんですかね、Linux 方面にズブズブ行くきっかけの一つになった、っていう感じではあります。 ──なるほど。実際、当時のホームページはレンタルサーバーみたいなところですかね。  はい。 ──そこから、実際に自分でサーバーを立てたりとか、実際に建てようとかなったっていうのは、どういう感じで。  ああ、どうだったかな。まず、その、静的な(スタティックな)ホームページがあって。で、なんか掲示板を設置しよう、みたいな。  で、FTP を使って、掲示板の Perl スクリプトをアップロードして。で、パーミッションで実行権限とかをつけないと動かないし。あと、なんかデータを保存している、データベースじゃなくて、当時はただのテキストファイルだったんですけれども、それに書き込み権限とかをつけておかないと正しく動かない、みたいなところがあって。で、まあ、なんか、そういうパーミッションっていう仕組みを、そこでまず学んだんですよね。で、まあ、それが今度じゃあ、Apache っていうもので、ホスティングされてるんだ、とか。  で、そのうち WordPress とかも自分でインストールするようになると、MySQL っていうものがあって、ここにデータが保存されてるんだ、みたいな感じで。まあ、そういうものがあるんだって知って。じゃあこれ、なんか自分で動かしてみたら面白いだろうな、っていうのがまああって。その、父からもらったお下がりの XP マシンを土台にして。まあ、当時、Linux のインストーラーが CD に焼いてあるやつが、雑誌の付録として入ってる、みたいなのがありまして。その付録を使って、そのマシンに、Ubuntu の、8.04 ですね。二〇〇八年なので、8.04 をインストールして。で、まあ、自分でそういう環境を作って、あ、手元で WordPress が動いた、みたいなことを始めた、みたいな感じですね。 ──じゃあもう、そこで実際に触られて、実際に立てられるっていうこともやられているんですね。  まあ、外部への公開とかはしてなかったんですけれども、さすがに。 ──じゃあもう、そのまま趣味としてやられていく中で、中学、高校と進まれていく中で、ウェブ以外のところも興味を持って、っていうところで。  ウェブからだんだんインフラ方面に、みたいな感じですね。 ──実際 OSC とか、いろいろイベントとか、そういうところにも行かれてたというふうにあったと思うんですけど、そういったところに行くのも、そういったところがやっぱりきっかけとかだったんですか。  そうですね。で、WordPress 界隈っていうんですか。高校一年生の始めというか、中三の終わり頃に Twitter アカウントを作って、まあ、そういう WordPress 系の人をちらほらフォローするようになったんですけれども。まあ、そういう人達が、オープンソースカンファレンスに行ってきた、みたいなツイートをしてたのを見まして。で、あ、しかもそれが札幌でも開催されている、と。  で、最初に見たのはもう行ってきたっていうツイートで、あ、来年は行こうと。  で、やっぱりまあ北海道の片田舎なので、そういう Linux の話をできる友達とかもいなくて。まあ、インターネットが全てだったので。まあ、そういうところに行って、なんかいっぱい話を聞いてみたいなあと思って、親にお願いして JR の特急を取り、一人で札幌に、みたいな。めちゃめちゃ楽しかったな、っていう思い出があります。 ──そうなんですね。実際、じゃあ、そういったところでイベントとか行かれるようになって、っていうところだったんですね。  これが高校二年生の時ですね。三年生の時からは、もう今年までずっとスタッフで参加してます。 ──毎年じゃあ札幌まで帰られて、ってことで。  はい、そうなります。 ──すごい。やっぱり札幌とかでやってると、SecHack の北海道に住んでる子とかも、やっぱり札幌には行ったみたいな話とかよく聞いたりするので。あと、大神さんとかも、札幌であるからそういうきっかけがあったっていう話とかも伺ったりして。やはりそういう、北海道にあるからこそ行けたっていうのは、大きかったりするんですかね。  そうですね。北海道でも、やっぱり札幌に行くっていうのは結構ハードルの高いことでして。JR の特急も、まあ当時は往復で四〇〇〇円ぐらいしたんですよ。高校生にとっては、やっぱり結構大きい値段じゃないですか。  で、まあ、北海道には、その一般社団法人 LOCAL っていう団体がいて。で、この団体が、そもそも OSC が始まるきっかけになった団体でもあるんですけれども。いつだったっけな、OSC の前身になるような、GODo2004 っていうイベントが札幌で開かれて、それに宮原さんが来ていて。で、自分もこれ、イベントをやりたいって言って、二〇〇五年から OSC を始めて。で、GODo2004 の実行委員会が、その後、母体となって OSC 北海道を独自開催していく、みたいな。その流れで一般社団法人 LOCAL っていうのができるんですけど。  まあ、そこが、やっぱり、結局 OSC って、北海道とはいえ札幌でしかできないので。遠隔地にいる学生さんっていうのは、やっぱり結構、札幌まで来るという負担があるっていうことで、学生交通費支援制度っていうのをやって、まあ、今もやってるんですよ。  で、まあ、これを使うことによって、その金銭的負担がいくらか緩和されて。まあ、その北海道の、札幌より遠いところに住んでいる学生たちも、そういう活動に参加できるチャンスを作ってくれたっていう。これが大きいかなと思います。 ──地域の団体、LOCAL さんとかのサポートがあって、やっぱり活動がいろいろできてきますっていう。そうした中で、LOCAL さんとかにも結構関わってらっしゃって、っていうところがあって。そうしたところで、ここから大学も北海道で過ごされて、っていうところ。専門はソフトウェアとか、そういった形だったり。  一応、情報工学科というところに進学しまして。普通に情報の専門の授業を受けていた、っていうところではあります。 ──実際にそういった中で、勉強されている部分と、趣味の、そのオープンソースと言わずとも、コミュニティとの関わりっていうところがあったと思うんですけど。並行しながらやってるんですけど、同じように一つとしてやってるのか、それともまた別なのか、みたいなところとかで。  なるほど。えっとですね。まあ、やっぱり、その IT 勉強会って、そうは言っても、やっぱり大都会でしか開催されないわけですよ。で、僕はやっぱりそれが一番フラストレーションが溜まっていたところで。で、こんだけ情報の学生さんがいるんだから、まあ地元、室蘭でも勉強会できるんじゃないかと思って。  で、ちょうどその大学一年生の時に OSC に行った時に、ちょうど入れ違いで、卒業した先輩と会ったんですけれども。まあ、自分が現役の時は、セミナーと MIT で、通称 SAMIT(サミット)っていう勉強会をやってたけど、引き継ぐ人がいなくて解散しちゃったんだ、っていう話を聞いて。じゃあ引き継ぎます、と言って。  学内勉強会を SAMIT と題してやるようになったっていうのがありますね。意外とコンスタントに人が来てくれましたし、皆さん、変なことをいっぱい喋ってくれたので、楽しかったなあという思い出があります。 ──ご自身の観点から、そのイベントの参加とかの方も、大学以外のコミュニティとかっていうのも、いろいろやられてらっしゃったりっていうところがあったと思うんですけど。それってどういうきっかけとかだったのですか。  大学のコミュニティは、まあ、そうですね。やっぱり、発表してなんぼと言いますか。まあ、LOCAL 学生部の別の OB の人とかも、すごい活動的に勉強会をされて、今でもされてる人が豊富にいるんですけれど。そういう人の影響も受けて、とりあえず登壇しなさい、と。  「何でもいいからネタを持ち寄って、最悪、主催者しかいなくてもいいから、一人勉強会でもいいから。」、みたいな。いう感じで、なんか我々の世代の中では、そういう勉強会をもうやるっていうのが、もう当たり前の空気だった、っていうところがありましたね。 ──そうした中で、それこそ SecHack に出られてる、セキュリティ・キャンプとかあったりとかっていうのも。そういったところに出られたのも、何か理由があってとか、何か興味。  そうですね。えっと、(セキュリティ・)キャンプに行ったのは、その北海道ミニキャンプっていうのの初回の開催が二〇一四年だったんですけど。まあ、それをやるよ、って教えてくれたのが、まあ、LOCAL の人で。LOCAL でも手伝いをしているし、交通費支援も同じように出すから来てみないか、って言われて、行ってみたっていうところですね。  そこでセキュリティ・キャンプという存在を知って。で、LOCAL には、この学生部っていう部活があって。で、そこで一年上の先輩も、二〇一四年のキャンプの本選の方に行ってたんですよね。で、まあ、なんかヒーヒー言いながら事前課題とかをやってるのを横目に見てたんですけれども。でもすごい楽しそうだなと思い、二〇一五年に応募して、通ったっていうところがあります。  で、SecHack の方は、初回が二〇一七年なんですけれども。これも、SAMIT とか LOCAL 学生部とかで一緒に活動していた後輩が二〇一七年度生をやっていまして。これもやっぱり同じラボで背中合わせにいたんですけれども。まあ、すごい楽しそうに活動しているのを見て。で、その時、僕はもう M1 で、次 M2 だったんで、もう本当にギリギリだったんですけれども。ちょっと一応出してみようかと思って。うっかり通ってしまい、一年間、柏崎先生にみっちり、という感じです。 ──そうすると、その後、大学を出られた後もお仕事としてソフトウェアの方も進めてらっしゃって、かつ、趣味の方でもいろいろやられてらっしゃるっていう二つをやられてたと思うんですけど。お仕事だと、そういうソフトウェア、オープンソースでとかっていうのも関わってらっしゃったりとかっていうのは、ありましたか  えっとですね。その一社目が、まあ、すごいですね、強いオープンソース志向の会社でございまして。もうなくなっちゃったんですけど、Georepublic っていう会社で、Code for Japan の代表の関さんが社長をされていた会社なんですけれども。  そこで、何て言うんでしょうね。会社の成果物を、まあ OSS としても公開しながら、でも、お金をもらって仕事をするみたいなようなことをしてました。 ──なかなか日本で、そういう会社ってあんまり聞いたことがないなっていうふうに。  数少ないですよね。 ──実際、具体的なところとか、言える範囲とかでいいんですけど、どういったものだったか。  Redmine ってご存知ですかね。Redmine のプラグインで、GeoTaskTracker、GTT っていうんですけれども、いうプラグインがありまして。まあ、これを使った製品を作っていた、っていうところですね。  Redmine は、ただのタスク管理ツールではあるんですけど、そこに位置情報を加えることができるっていうものでした。 ──そうしたお仕事でやられているものとは別に、いろいろ続けてらっしゃったと思うんですけど、そっちでのオープンソースとの関わり方とかっていうのは、何かあったりとかしますか。  ああ。まあ、そういう意味で言うと、まず SecHack の成果物が、今 GitHub に上がってます、っていうのが一つですね。それは WebUSB-MyNumberCard っていうもので。 ──具体的にどういうものなのでしょうか。  今もうチャットに貼っちゃいますけれど。(https://github.com/aruneko/WebUSB-MyNumberCard)まあ、Google Chrome には WebUSB っていう謎の API が生えておりまして。JavaScript だけで USB のパケットを読み書きできるんですよね。それを使って、NFC のカードリーダーにパケットを送受信し、NFC のカードリーダーがマイナンバーカードにパケットを送受信し。で、マイナンバーカードの中身を覗いたりとか、API を叩いたりできるっていうようなものを作って。これを OSS として公開してるんですけれども。  何年か前にプルリクをもらったこともありますし。これを使って同人誌を書いて技術書典に出ます、とかっていう人は、あの、こういうのは嬉しかったですね。 ──実際に OSS をやられてて、それを使われてらっしゃるっていうのを。  そうですね。こんなニッチなものを、と思ったんですけど。まあ、やってもらえたのは結構嬉しかった。素直に嬉しかった。 ──個人で開発されている以外とかでも、なんかいろいろやってらっしゃるかなと。  そうですね。えーと、どこだっけな。これだ。これも SecHack の修了生のものなんですけれども。(https://github.com/masahiro331/go-ext4-filesystem)まあ、Go でファイルシステムを解析して、中のファイルを読むことができるっていうライブラリなんですが。これ、ext4 って書いてある通り、ext4 しか対応してなかったんですけれども。まあ、古いもの、2 と 3 にちょっと対応させたくて。対応できるように、そのパーサーを、バイナリを読みながら書いて、ここにプルリクを出して取り込んでもらった、みたいなのになります。  このライブラリが、Trivy って分かりますかね。脆弱性スキャナーなんですけど。これもね、OSS の脆弱性スキャナーなんですけれども。これは福田さんっていう人が作っていて、後にイスラエルの Aqua Security に買収されたっていうものなんですけど。  まあ、この福田さんと、それから、その Go のパーサーを書いている藤村さんと僕は、一緒の職場で働いていたことがあって。キャンプのつながりで招集されて。一緒の職場で働いていたことがあるんで。その働いている時の、二〇一八年のゴールデンウィーク明けとかに、なんか福田さんが作ったとか言って持ってきたのがこれ。まあ、本当に OSS になっていって。  で、その中で、そのディスクを解析して依存関係を持ってきて、脆弱なパッケージを見つけるっていう、まあ、ところがあるんですけど。そこにこのパーサーが使われていて。Trivy を使って、ちょっと古いディスクを解析したかったので、ここにコントリビュートして取り込んでもらって。さらに、この取り込んでもらったものを Trivy に取り込んでもらって、っていう。 ──実際に本当に大きい OSS の一部分を作られてらっしゃったっていうところ。やっぱりそれも、お仕事ではないですけど、お知り合いの方から頼まれて、実際やったっていうところなんですか。  本当はお仕事なんですけど。 ──あ、なるほど。  仕事ではあるんですけど、まあ、でも OSS だし。自分でコントリビューションすれば、まあ、自分以外の人もこの機能を使うことができるし。まあ、Trivy の機能としても大きく拡張されるので。世の中のためになるだろうと思って。 ──実際にそういうお仕事もいろいろやりながら、ご自身のっていうところもありながら、っていうところで、オープンソースにかなり関わってらっしゃって。実際に、そういうコードとかの部分以外で、コミュニティという部分とかでは、その最近、大学を出られてからっていうところではどういったところをやられてらっしゃったんですか。  コミュニティは、まあ、その OSC への参加は続けていましたし。一社目、神戸だったので、例えば北海道じゃない OSC に行ってみようっていうのもあって。関西とか四国での開催とかには行ってみたりしました。  あとは、ちょっと一回しかできてないんですけれども。昔、Elm っていうフロントエンドライブラリが流行っていた時期があって。その Elm の勉強会を主催してみたりとか。あとは、これは去年ですけど、都電 LT っていう謎の企画をやりまして。都電荒川線という路面電車を一両まるまる貸し切り、三駅分という時間で LT をさせるという。 ──なかなかユニークな。  イベントをやったりとかはしましたね。 ──精力的にやられてらっしゃるっていうところが今聞いてて思ったんですけど。こういうところも、そのきっかけっていうか、どういうモチベーションでやってらっしゃるのかっていうのは。  面白そうだから、っていうのが一番ですね。とか、まあ、なんでしょうね。やっぱり一番いいなと思うのは、技術を通じてエンジニア同士が交流できる場があるといいなとは、ずっと思っていて。まあ、それはやっぱり、幼少期、自分がずっとできなくて、でもやりたかったことだったので。 ──じゃあもう、そういった機会とか場を提供していく、ではないですけど、そういったことを今やっていかれている。  やっていきたいなと思いつつ。ちょっと本業が忙しくて、なかなかできないなというのもあります。 ──そうしたところで、コミュニティとしての活動もあって、インターネットでの活動もあると思ってて。そういった活動とかっていうのも、同じようなモチベーション、面白そうだからっていう感じでやってらっしゃるんですか。  記事を書くのは、やっぱり、まあ知見のシェアっていうのが大きいかなあと思っていて。まあ、自分が詰まったところとかは、まあ誰かも詰まるかもしれないし。そういうところが整理されてメモされていると結構助かる、という実体験もあるので。少しでも役に立てればな、っていう形で残したりとか。 ──技術記事、結構私も見たりするので、何かしら書いたものがあるとすごい助かってるっていうのはありますね。  AI 時代、もう AI に聞けばいいや、ってなっちゃうかもしれないですね。 ──それでいうと。 AI とかの方に代わられたりとか、いろいろ。最近ではないんですけど、ここいろいろやられてきて、その課題ではないですけど、続けていく上で、難しかったというか、続けるのに対して、何かしら障害みたいな、難しかったこととかっていうのはあったりしましたか。  ああ、まあ、そうですね。まあ、それこそもう、AI がどんどん賢くなってしまったので。なんか今はなんとかなってますけど、もっと賢くなった時に、コードが書けるっていうことがどれほどの価値があるものなのかな、っていうのは思うところがあるというのと。 OSS に関して言うと、やっぱり、そのライセンスの問題とかも結構あったりして。これで大丈夫なんだっけ、みたいに、ちらっと頭をよぎることはあります。 ──実際、開発されてて、それにどうライセンスをつけたらいいのか、みたいなことですか。  あ、だから、もともと、例えばこれ GPL とかっていうコードがあったときに、AI を使って書いたコードでコントリビューションしてよかったんだっけ、みたいな。 ──なるほど。実際に AI を使用されてて、OSS に関わっていく上でどう関わるか、みたいなところ。  そうですね。 ──AI とかっていうところは、やっぱりそういう関わり方、OSS との関わり方がちょっと難しいっていうところがある。  あと、まあ、そもそも AI、今世間を賑わせている AI は、プロプライエタリな製品なので。まあ、なんか、そういう Linux っていうか GPL 文化圏で育ってきた自分にとって、若干やっぱり、これでいいんだっけ、みたいなことを思うっていうのは、しばしばありますね。 ──それで言うと、やっぱりオープンにあるものがあった方がいい、みたいな認識があるって。  そうです、そうです。 ──AI 以外でも、結構幅広いところで今までやられてきて、そういう感じで、不安とか、そういう何かしら問題かなっていう感じた部分とかっていうのは、ずっと、現在まで至るまでで、何かありましたか。  問題 ──問題というか、ご自身が続けていく上で何かしら。  ああ、どうだろう。なんか、でも、意外とないかもしれない、というか。なんか、コードなら書けばいいかな、っていうと、ちょっとあれなんですけれども。コントリビューションできることがあれば、していこうっていう精神でやってきたので。まあ、なんていうか、まあ、自分のできる範囲で、ちょっと、まあ、背伸びとかはせず、できる範囲で続けていこう、っていうところは、ちょっとモットーにしていたっていう感じですね。 ──それで言うと、コミュニティとかの方でいろいろ活動されているところでも、できる限りのことで。  そうですね。まあ、無理はしない、というところでしょうか。 ──それは大切だと思います。今後、コミュニティとの関わり方っていうのは、このままどういうふうに関わっていくのかっていうのは、何か決まっていたりとかしますか。  やっぱり、技術者同士が交流する場はあってほしいと思ってはいるので。それに関して、なんでしょうね。イベントに参加者として行くでもいいですし。なんか最初の一回は参加者で行ってみようかな、みたいなところで。よかったら二回目以降とかは、もうスタッフになってしまう、みたいな。  勉強会とかイベントって、スタッフで参加した方が圧倒的にお得、お得っていうとあれですけれども、お得だなと思っていて。そういうイベントに、まあ、自分から関わっていきたいって思ってる人たちが、やっぱり周りに集まるので。そうした人の熱気に触れて、それを持ち帰ることができるな、元気になって帰ってこれるな、っていうのもあるし。  なんか、懇親会とかでも、やっぱり、「あ、スタッフの人だ」って言って、みんな話しかけてくれたりとかもするので。それで意外な出会いとか、面白い話が聞けたりするっていうのもあって。なんか、ただ参加者で行くより、スタッフの方が、より、なんか持ち帰れるものが多いんじゃないかな、というところは、何か感覚的に持っているので。今後ともそういうふうに、イベントとかには関わっていければいいなと思ってます。 ──ありがとうございます。お聞きしたいなっていうことは結構お聞きすることができたと思います。何かしら、こういったものに寄せて何かお話ししておきたいこととか、何かありますでしょうか。  あー、なるほど。この前、SecHack でお話を聞いたときに、その OSS への関わり方が分からない人にどうすればいいか、みたいな話をされたと思うんですけれども。僕は、そのコードを書いてコントリビューションするっていうものの他に、OpenStreetMap とかのコントリビューションっていうのをやってたりして。  で、地図のトレースっていうのは割と誰にでもできるし、それがオープンデータになって出てくるっていうところ。結構、学生時代からオープンデータ界隈にも実は所属していまして。コードを書くだけじゃなくって、オープンデータの元になるものを集めてくる、地図に書き起こすとか。まあ、行政に掛け合ってオープンデータを出してもらうとか。  そういう、コードを書かなくても、書けなくてもできるコントリビューションの仕方っていろいろあるなあと思っていて。で、なんでしょうね、神戸時代とかは、オープンデータハッカソンとかもやりましたし。  えーと、幕末京都マッピングパーティーっていうのがあって。まあ、その京都の幕末に実際に起こった現場とかに行って、そこら辺の地図とかに書き起こせるようなものを写真に撮って、公民館、図書館に行くんですよ。で、図書館の司書さんに、それに関する本とかを紹介してもらって、その本をもとに、今度 Wikipedia の記事を書くんですよね。Wikipedia のデータっていうのも、やっぱり一つのオープンデータではあって。  で、そういうところからも、なんか、その貢献ができるっていうことを、その時に改めて理解をしたっていう経験があって。なんか、コードが書けなくっても、そのオープンデータとかオープンソースの界隈っていうのは、いろんなコントリビューションの方法があるので、自分に合った方法をぜひ見つけてほしいなっていう。 ──オープンデータの方もいろいろやられてらっしゃったと。それで言うと Code for Japan さんとかもそうですけど。  そうですね。Code for Muroran の一応、立ち上げメンバー。 ──そうなんですね。実際、それも、もともとお仕事の方からとかだったんですか。  学生だったので。市役所の IT 推進課の人たちが。室蘭市ってすごい、オープンデータに熱心な街だったので、大学に講演とかも来てくれていて。そういうところで知り合って、一緒にやっていこうっていう感じで。 ──それこそオープンデータって、どういった活動をされてらっしゃるんですか。  室蘭にいた頃は、バスの時刻表のフォーマットで GTFS っていうのがあるんですけど、あれの室蘭版を作ろうっていうことでやってたりとか。あと、Code for Sapporo の方と連携して、札幌で作っている、あの、ゴミなし、5374.jp っていうのがあるんですけど。その、どの街に何曜日に何のゴミを回収します、っていうデータを作って入れておくと表示してくれるというウェブアプリがあって。それの室蘭版を作ってメンテナンスしたりとか。  これは僕が神戸に引っ越した後の話ではあるんですけれども。古い社宅を取り壊して住宅地になったんですよ。で、そこに新しい町内会ができますと。で、若い人たちが引っ越してくるから、回覧板、紙の回覧板じゃなくて、これを LINE でやったらいいんじゃない、という話になって。それの実証実験とかっていうのも手伝ったりしてました。 ──いろんなオープンデータの活動としてもいろいろやられてらっしゃった。  ちょっと今は足が遠のいちゃってるんですけれど。という過去がありました、という話です。 ──5374.jp、かなりいろいろなところで、いろんな町の。  バージョンがありますよ。 ──それこそ浜松もありますね。  あります。素晴らしい。皆さんはいいものを作られましたね、本当に。 ──ありがとうございます。なんか、もっと奥深い話をお聞きすることができて、ありがとうございます。  ありがとうございます。 [語注] Vine Linux 日本語環境を重視した国産の Linux ディストリビューション。一九九八年から二〇二一年まで開発された。 Yahoo!ジオシティーズ 無料でホームページを作れたサービス。日本版は一九九七年から二〇一九年まで。 パーミッション ファイルごとに、誰が読み書き実行できるかを決める権限の仕組み。 Apache ウェブサーバーのソフトウェア。一九九五年公開。 WordPress、MySQL 前者はブログや小規模サイトを作るためのソフトウェア、後者はその裏でデータを保存するデータベース。いずれもオープンソース。 Ubuntu 8.04 二〇〇八年四月公開の Ubuntu。当時は雑誌の付録 CD で配られることが多かった。 OSC オープンソースカンファレンス。第六篇の語り手が二〇〇四年に始めた。 一般社団法人 LOCAL 北海道の技術コミュニティを支える団体。学生の交通費を補助する制度を続けている。 セキュリティ・キャンプ 情報処理推進機構などが開く、若手向けの合宿型講習会。 SecHack365 情報通信研究機構が主催する、一年間かけて開発を続ける若手向けプログラム。二〇一七年開始。聞き手も二〇二六年度の受講生。 Code for Japan 市民が技術で地域の課題に取り組む活動を支える一般社団法人。各地に Code for ○○ がある。 Redmine オープンソースのタスク管理ソフトウェア。 WebUSB ウェブページから USB 機器を直接操作するための、ブラウザの機能。 ext2、ext3、ext4 Linux で使われてきたファイルシステムの形式。番号が新しいほど後発。 Trivy コンテナやファイルの中身を調べ、既知の脆弱性を持つソフトウェアを見つけるオープンソースの検査ツール。 Elm ウェブ画面を作るためのプログラミング言語。 LT ライトニングトーク。五分程度の短い発表。 都電 LT 語り手が二〇二五年一月に開いた催し。都電荒川線を一両貸し切り、三駅ぶんの走行時間を持ち時間として発表する。車内では機材が使えないため、印刷した資料と地声で行われた。 GPL GNU General Public License。改変して配布する場合、改変後のソースコードも同じ条件で公開しなければならない。 プロプライエタリ ソースコードが公開されず、提供者が権利を握っている状態。オープンソースの対義語として使われる。 OpenStreetMap 誰でも編集できる世界地図。地図そのものがオープンデータとして公開されている。 GTFS バスや鉄道の時刻表を、機械が読める形で公開するための共通形式。 5374.jp ゴミの収集日を表示するウェブアプリ。二〇一三年に Code for Kanazawa が公開し、各地に移植された。 本文のライセンス:CC BY-ND 4.0。これに加えて、原文の趣旨を損なわない範囲での翻訳と、その公開・配布を許諾する。 聞き手・編 大川貴久(SecHack365 2026 融合駆動コース) https://seikatsushi.0hkawa.net/hen/09/