OSSの生活史 第一集
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第十一篇

OSS は僕のライフみたいなもんだから

語り手=松澤太郎聞き手=大川貴久

2026.09.09 49分03秒

まず初めに、皆さんにお聞きしていることとして、初めてパソコンとか、そういったものに触れた時っていうお話を聞いてるんですけど。実際に初めてパソコンに触られたきっかけだったり、時期っていうのは、いつ頃か覚えていらっしゃいますか。

本当に触ったのは、友達の家で MSX を触ったっていうのが、小学校の頃にありましたね。すぐ挫折しました。

そうなんですか。難しかったってことですか。

行番号の概念が理解できなかった。っていうところから始まっていって。で、中学二年の時の図工の時間のところに、コンピューターで、BASIC を使って何かやるっていう授業があって。それも触って、すぐ挫折しました。

そこも、やはり難しいところ・概念とかがあったっていう形でしたか。

行番号という概念が分からなかった。

あ、その時もそうだったんですね。

で、高校一年目の数学の授業でもコンピューターのやつがあって、それもやっぱりダメだったんですよね。

そこもやっぱり同じく、行番号とかそういったところで。

で、前に送った文章にあるように、おばあちゃんが亡くなった時に『Hello! PC』っていう雑誌を買ってきて。それが Java 特集だったんですよね。

で、その本を見ながら、あ、Java って言語があるんだっていうのとか。あと、PC-UNIX の連載があって。Linux とか BSD とかの連載ですね。それを見て、いわゆるオープンソースの Linux だったりとか BSD だったりとか、そういったものをちょっと興味を持ち始めて。まだその時にはパソコンは買ってなくて。その数ヶ月後にパソコンを購入しました。

ご自身のパソコン、っていう形ですか。

そうですね。

で、買った書籍を基に実際に。

そう。プログラミングとか、そういうのをやり始めたりとか。あと、友達との情報共有。インターネットにつなげたんで、ネットで情報を調べたりとか。初めて解凍した圧縮形式が RAR ファイルだったとか、そういう状態でしたね。

なるほど。そうすると、パソコンをその時点で、実際の日常生活の一部として使いながら、っていった形で。高校生の頃にそういったことを始められて、そのまま大学へ進んでいく際も、そういったことを継続されていらっしゃったんですか。

で、高校生の時に学んだ言語が、Java、Tcl/Tk、アセンブラ、Perl みたいなものを勉強しました。

で、高校の三年生の時に、Mozilla。Netscape Navigator がオープンソース化されるっていうので、その時に OSS という言葉ができた、みたいな。そんな感じです。

それで言うと、やっぱりオープンソースって言葉が存在する前、いわゆるフリーソフトって言われる頃から、存在を知っていらっしゃって。

そうそう。

そういったところで初めて興味を持たれたのは、Mozilla というか Firefox だったっていうところ。当時の Netscape ですか。

Netscape ですね。

そこに興味を持たれたきっかけとかっていうのは、何かしらあったんですか。

やはり、ブラウザという巨大なソースコードを公開するっていうところは、やっぱりでかかったですね。

実際に興味を持たれて、どういう行動というか、アクションを起こされたんですか。

大学時代に、ソースコードをダウンロードしてきて、自分でビルドして動かすっていうことは、よくやってました。

個人的にオープンソースと呼ばれるものを、実際にご自身で試されてやっていくってことをやられていらっしゃった。そういったことをされていく中で、大学でも、そういった形と関連のある勉強を。

大学は、情報科学科っていうのが当時あって。東京電機大学に、そういう学科があって。そこでプログラミングとかの勉強をしてました。その時は C とかがメインだったんですけど、僕は Scheme っていう Lisp の方言のものを使ってコーディングしてたので。学校の先生が分からないから、単位だけくれるっていう謎の状態になってました。

先生も分からないようなものを使ってやられてらっしゃった。そういうことをやってらっしゃるなかで、ご自身の趣味として、オープンソースなりそういうものを実際試されているというのを並行されて。

例えば Linux 上で、コンパイラーを五十個ぐらい動かしながら、ブラウザーもウィンドウが百個ぐらい動いている状態で、CD-R が焼けるかどうか、みたいなベンチマークをしたりとか。

すごいですね。当時のパソコンだと、かなり厳しいような気がしますけど。

Linux だったらサクサクいけるんですよ。Windows だと、全てのアプリケーションを落としてからじゃないと、CD-R を焼かないとこけるんですよね。それぐらい Linux っていうのは安定してました。

Linux を使っていろいろやってらっしゃって。それも大学を卒業されてからも続けていらっしゃった。それこそ、お仕事とはまた別に、っていう感じですか。

そうですね。仕事とは別にいろんなことはやってましたけど、別に、趣味でやってたことが仕事になったりとかするケースはありましたね。

仕事はどういった形のことをやられてらっしゃるんですか。

一番最初に、プログラミングとしてアルバイトで入ったのが、杉並区の GIS システムの開発責任者にならされた事件があって。GIS っていう、オープンソースじゃないものを使ってたんですけど、Visual Basic で地理空間情報システムっていうのを作ってて。

この時に、地理空間情報システムが面白いから、数年後にはこの業界に戻ってこようかなと思ってたんですね。条件としては、オープンソースの実装がある程度普及してるっていうところまで待ちたかったって感じです。

これはどうして、っていうのがあったりするんですか。

どうしてっていうか、GIS っていう概念が。地図データって平面じゃないですか。そこにポイントが立つと、三次元的にデータが見えるんですよね。それが楽しかったっていうのがあります。

なので、オープンソースになって触れるようになってから、っていうような認識で。

そうですね。オープンソースのライブラリですとか GIS とかが普及し始めてから、もう一度戻ろうっていう感じでやっていて。結局その後、六、七年ぐらい別の会社。七、八年ぐらい別の会社で働いてます。

ご自身で趣味として GIS の方もやられてらっしゃった、その間は。

趣味の方ではやれてなくて。仕事が忙しくて、仕事ばっかりやってましたね。

大変だったんですね。

時給千円で、月給四十万とか出ましたから。

大変ですね。実際に戻られるまでは、趣味はちょっと難しかったっていうようなところがあって。戻られてから、そういった趣味であったり、お仕事でオープンソースの活動を始められたっていう感じですか。

そうですね。オープンソースの活動自身はずっと前からやってて。Firefox のユーザーグループの、もじら組っていうのがあって。僕、もじら組の組長だったんですよ。代表で。国内のカンファレンスとかを開催したりとか、普及活動とかの手伝いとかを、ずっとしてました。

それはもう、いつ頃からずっとやられてらっしゃる。

大学二年の時にパーティーに出て、それ以来ずっとそれをやってて。組長になったのは、三、四年ぐらい後ですね。

そこでずっと、もじら組の活動をお仕事が大変な中、続けていらっしゃった。

そうですね。並行してやってました。

じゃあ、そういったもじら組の活動をされていながら、それを並行されながらオープンソースの活動をされていらっしゃって。お仕事の方でも、途中からやるようになっていかれたっていうことですか。一回戻ってこられたっていう。

戻る前にもう一つ、OSS の活動として。新入社員で入った会社の次の会社が、E コマースの会社だったんですよね。そこで E コマースのパッケージングシステムを自分たちで開発して、それをオープンソースに出して、それのリリースマネージャー、みたいなことをやってました。

すごいですね。実際に E コマースでオープンソースにするっていうのは、当時としてはなかなかないことだったりとか。

オープンソースにすることで、誰でもソースコードを触ってもらえるので。カスタマイズとか、そういうところではやっぱり、やりやすかったと思いますよ。

お仕事でもオープンソースを触られながら、実際にコミュニティの活動もずっと続けていらっしゃって、っていう感じだった。お仕事がまた変わられて、お仕事の方でもまたずっと関わり続けていらっしゃって、それもコミュニティも並行して、もじら組を。

やってました。もじら組は途中までやってました。喧嘩して、別れるまではやってました。

コミュニティとしての活動は、もじら組を抜けられた後は、何か他のこととしてやられてらっしゃったっていうのは、どういったことを。

そうですね。もじら組を抜けた後、しばらく経つ前にやってたのは、スマートフォン勉強会っていうのがあって。スマ勉っていうんですけど。その勉強会は、Windows の端末をベースにいろんなことをやってる人が多かったんですけど。僕はそこに、Windows 端末ではなくて、iPhone とかでこういうことができるよ、とか。うちの上司を、今の上司を紹介して発表させてもらったりとか。いろんなことをしてましたね。

で、その後、今の会社の前身に入るんですけど。その前身の、Georepublic という会社の中では、GIS 中心の会社だったので、願いが叶ったなみたいな感じだったんですね。

Georepublic。オープンソースをいろいろやられてる会社で。

そうそうそう。もう登記上なくなりましたけどね。

そこで、実際に。

そこで実際に、いろんなプロダクト、オープンソースの GIS ライブラリとかを使ったプロダクトをいろいろ手掛けてました。

お仕事でもオープンソースを、それこそ念が叶ってやってらっしゃる中で、また別のスマートフォンの開発っていう方で、コミュニティではやられてらっしゃった。

ああ、スマートフォン勉強会自身はちょっとフェードアウトしちゃったので。なので、どちらかというと、GIS の仕組みとか、そういうのをいろいろ、GIS って何ぞや、から、GIS を使ってこういうことができるよ、というのを紹介するようなイベントがあって。それが FOSS4G っていうイベントがあるんですね。Free and Open Source Software for Geospatial っていう。

イベントがあって、そこのイベントの日本のローカルのやつに出て、スタッフやったりですとか、発表もしたりとかしましたし。あと、そうですね。そこでスタッフをやってたっていうのが、結構でかいですね。

というと、そこで知り合った方とつながったりとか、そういったことが。

そうそうそう。あとは、その間にイギリスの FOSS4G のイベント、グローバルイベントに行ってきたりとかやったりとかして。OSM のマッピングのアカウントを取ったりとか。あと、最近でもないかな。オープンソースで作られている地図ライブラリとかの評価アプリとかを作ったりとかしてたりとか。あと、だいたいそれぐらいかな。いろんなことをやってたのは。

で、FOSS4G の国際カンファレンスは数年間出なかったんですけど、二〇二二年から久々に出るようになって。それはフィレンツェっていうところでやって。二〇二三年がコソボでやって、そこも行ってきて。それからちょんちょんと飛んで、今回の FOSS4G Hiroshimaっていう国際会議に出てきたって感じですね。

そうだったんですね。いろんな方が参加されてらっしゃって、いろんな会場の写真とか見たりしたんですけど、すごい盛り上がってらっしゃって。あちらの運営みたいな形で参加されてらっしゃる。

運営として参加してました。

こういった形で、二十年三十年以上ずっと続けてらっしゃるっていうところであると思うんですけど。そうしたことをずっと続けてらっしゃるなかで、続けることが難しくなってしまったような時期とか、出来事っていうのは。差し支えなければ教えていただきたいと思うんですけど。

障害になり得るところとかは、まあ、いろいろなものがあるからなあ。挙げるのは難しいな。例えば DNS が落ちるとかってなると、障害点が単一になりがちだし。それを分散するシステムとかは、一応各社さん持っているはずなんですよ。もしくは開発されているから、それをインストールしてビジネスでやめたら、みたいな。そんな感じで。

他に、全体として、難しい分野というか場面といいますか、そういったところって、続けていかれる上で感じる難しさとかっていうのは、何かあったりとかされますか。

難しさはあまり感じないかな。楽しいからやってるっていうのが大きいから、楽しくなきゃやらないよねっていうのが基本なので。そこは問題ないですね。

それで言うと、最初の GIS への興味が、ずっと今の活動につながっていらっしゃるっていうところですかね。

まあ、OSS は僕のライフみたいなもんだから。それで色々なことをやって、楽しませてもらっています。

それで言うと、いろんな勉強会であったり、コミュニティをされたりするのも、やっぱりそれが楽しいからっていうところがあったり、っていうところですか。

そうですね。

地図に関するジョークアプリみたいなのを作ったりするんですよ。ちょっとデモの方を見せたいと思います。

はい。

今から共有するものは、ちょっとこの前作った Navara っていうもの。

まあ、こういう画面が出てきて。アルバムカタログから適当に楽曲を選んで再生すると。ちょっと音がしばらく出るかな。こんな感じで。

語り手が画面で見せた「OpenStreetMap Sound Demo」。OpenStreetMap の三次元建物を表示し、音楽に合わせて地図が動く。音源は Otherman Records のもの。地図エンジンに Navara を使った版で、同じものを MapLibre GL JS と Slint でも作っている。

なるほど。サウンドバーが上下するみたいな感じで。

そうですね。これは Navara という、最近出たオープンソースのソフトを使ってやったデモになります。

これはどういう目的で、っていうのは。

好きだから。趣味です。

こういうのは、皆さんに見せたりとかっていうところはされたりとか。

Twitter でリリースしたりとか。あと、これのネイティブ動作版、iOS とかでシングルバイナリーで動くようなものを作ったりとか、いろいろやってます。これはウェブ版なので。

こういうのも、ご自身が好きだから実際やってらっしゃるっていうところで。今やってるお仕事も、好きが形になってるような状態っていう感じなんですか。

そうですね。好きだからやってるって感じです。

インタビュー取る人によるかもしれないけど、好きでやってるよっていう人が結構多いと思いますよ。

実際、そういう方もいろいろいらっしゃって。実際、お仕事でやってる際にどういうモチベーションでやってるのかなっていうのは、すごい興味があってっていうところがあったので、お聞きしたいなっていうところがありました。好きがお仕事になっているっていうのは、すごいなっていうふうに思ってて。

お仕事では受注しなくて、趣味でやってるんですよね。こういうデモサイトを作っておくと、技術的にこういうことができるかな、っていう相談を受けることが多くなるので。それは OSS エンジニアとして、そういう、なんとなく作品でも出してみるっていうのは有効になります。

いろんな技術とかが出てずっと続けてらっしゃるなかで、何かオープンソースをずっとやってらっしゃるなかで感じることとか、思うこととかって。

昔ながらのスタイルでやり続けるっていうのもありだし、AI とかを使いまくってライブラリー丸ごと書き換えちゃうとかっていう事案があったりとかしたけど。まあ、それはそれでいいんじゃないかなと思ってるんですよね。

で、僕は AI を使う権利を会社が提供してくれてるので、こういうものを作ったりとかしてますけど。ぶっちゃけ僕、インフラとフロントエンド両方やるようなエンジニアなので。インフラとかだと、やっぱり OSS がいっぱいあるので選びやすいですね。OSS がいっぱいないと、やっぱり難しいっていうのはある。

実際に使うときは、オープンソースであることを優先して使われてらっしゃるっていう感じなんですか。お仕事で。

そうですね。もしくは、作ったものをオープンソース化する、っていうのもやります。

それで言うと、やっぱりオープンソースのものを使わなければいけないという、制限ではないですけど、そういったところが難しかったりとかするんですかね。

難しくはないと思いますよ。オープンソースのソフトウェアが充実しているので。それに、うちの会社、今いる Geolonia っていう会社のメンバーは、もともとオープンソースの畑でやってた人たちが多いので。その観点から言うと、オープンソースを使わないっていう手がないね、っていうのが正直なところ。

そうなんですね。オープンソースがまず第一にあって、そこからどう探そうかっていうところで、いろいろ作られたりとかされてらっしゃるんですね。

松澤さまご自身として、オープンソースに今後関わっていく上で、どういうスタンスでやっていくとかっていうのは考えてらっしゃったりとか。

まあ、今まで通り。何か作りたいものができたりとか、あと、誰かが困ってるときに、じゃあコントリビュートしてそこを直しましょうよ、って。そんな感じのスタンスでやってますね。

いろんなことをお聞きできたかなというふうに思うんですけど。松澤さまの方から何かしら、こういう話に際してお話ししたいこととかっていうのは、あったりとかされますでしょうか。

逆に、今その、大川君が、オープンソースをどのぐらい活用してるのかとか。オープンソースならではの何かがないのかな、とかっていうのを探求してるのかとか。そういうところは気になりますね。

私も最初に、ノートパソコンに、何も入ってないものに Linux を入れて、いろいろ使い始めたみたいなところがあって。そこからいろんなソフトウェアとかを触るようになっていって。今(インタビュー)も Ubuntu で実際やらせていただいてて。基本はオープンソースのソフトウェアをいろいろ使って、それこそオープンソースカンファレンスの方もいろいろボランティアで参加させてもらったり、っていう形でやってるっていうのが、私が現在やってる感じになります。

なるほどね。逆に、プロプライエタリのソフトに関して、どんな感じで思ってます。

そうですね。私は大学だと、どうしても Microsoft Windows を使わないといけない授業もあったりするので。住み分けではないですけど、使わなければいけないときは使わなければいけないものなので。時と場合によって使い分けなければいけないものなのかな、っていうふうに考えています。

オープンソースって、魅力的なソフトとかそういうのを増やさないと、サービス自身の宣伝にならないっていうのもあって。僕が作ってる OpenStreetMap Sound Demo っていうのは、OpenStreetMap 自身がどういうものなのか、どういう表現力があるかとかっていうのを、MapLibre GL JS とネイティブと、あと Navara っていう三種類のもので同じものを作ってみて、それを紹介するみたいな形でやると、技術的な、こういう技術があるんだ、みたいな。そんな感じで発見があるので。そういうのをちょっといろいろやっていきたいなと思ってますね。

だから、先ほどのも趣味でやってらっしゃるんですけど、技術が使えるよっていうのを示すため、っていうところもあるっていう側面があるんですね。

そうだね。ちなみに大川君自身は、オープンソースを使って何を作ってるかっていうのは。

そもそも、ソフトウェア開発とかがよく分からない状態で大学に入って、初めてちゃんとパソコンを使ったみたいな状態でして。なので、どういう関わり方があるのかっていうのが、まだ私もちゃんとコードを書けなかったりとかで。オープンソースにコントリビュートしたいっていうのはあるんですけど、皆さん難しいことをやったりとかしてて、どう関わったらいいか分かんないなっていうのがあって。なかなか OSS に手を出せてないっていうのが、基にあるっていう感じなんですね。

オープンソースは、そういうふうに負けてないものがいっぱいあるんで。活かせれば面白いことだなと。

そうですね。何かしら、オープンソースに関わる方々に話をお聞きすることで、何かできることがないかなっていう形でやらせてもらってるっていうのが、今一つにあるっていうところです。

あと、僕の活動として、今、OSGeo 日本支部っていうところの理事をやっていたりとか。OpenStreetMap Foundation Japan という、OpenStreetMap っていう基盤の日本での普及活動とかのサポートをする団体の理事をやっていたりとか。あと、日本 UNIX ユーザ会っていうところで副会長をやっていたりとかします。

そういったところも、お仕事っていうか、趣味がこうしてやってらっしゃるってことですもんね。逆に言うと、UNIX ユーザ会の方も、もともと UNIX に最初興味があったっていうところからやってらっしゃるって感じなんですか。

そうですね。まあ、そこらへんは友達の一本釣りみたいなのがあるんですよね。

じゃあ、それも最初は別のコミュニティから、スカウトじゃないですけど、そういった形で呼ばれて。

やってくれって。

そうした活動もずっと続けてらっしゃるのは、やっぱり好きだからとか、そういったところがモチベーションでやられてらっしゃる。

で、やってますね。

もし他に何かあったら、ぜひお伺いしたいなっていうところなのですが。

特にはないのかな。これ以上は。あとは、前にもリンクを送りましたけど、おばあちゃんが亡くなったのがきっかけでパソコンを買うっていうか、触るきっかけになってるっていうところが、ちょっと僕は特殊だなと思うんですよね。

なるほど。ドラマチックな感じの、なんて言うんでしょう。偶然が重なってパソコンに興味を持たれてて、っていうところが、すごく印象的でした。

なかなか、お仕事でやってらっしゃる方はオープンソースありきじゃない方のほうが多くて、っていうところで。お仕事で使ってるけど、オープンソースだから使うじゃなくて、使えるから使ってて、ついでにオープンソースみたいな方がいらっしゃるので。なかなか、オープンソースが先に来るっていうのは、お話として新しいなというふうに聞きながら思ってました。

オープンソースが先に来るっていうのは、当たり前だと思うんですよね、僕は。オープンで。だとか、そういうのを、その際にどういう知見が必要なのか、みたいなところが、地図のところの勘所なんで。

例えば、データの生データで見て、あ、これはクラウドネイティブ形式にできないな、とかっていう話になると、ちょっとつらいんですよね。クラウドネイティブ形式っていうのは、HTTP のレンジリクエストっていうのを投げて、一つのでかい地図データに対して、欲しい範囲だけを拾ってくるんですよ。ビューポートに合わせて。それがまたよくできてるんですよね。

そういったところで、やっぱりオープンだからそういうことができるから、やっぱりオープンソースを使うべきっていう。なるほど、ありがとうございます。そういった視点での話は聞けていなくて、別の方からはそういう考えはなかったので。今回、新しいお話だなと思って、興味深く聞くことができました。本当にありがとうございました。

語注

MSX
一九八三年にアスキーとマイクロソフトが定めた、家庭用パソコンの共通規格。各社が同じ規格の機械を出した。
行番号
初期の BASIC では、各行の先頭に番号を書き、その順に実行された。行を挿入するために番号を十飛ばしで振る、といった書き方をした。
Hello! PC
ソフトバンクが一九九〇年代に出していたパソコン誌。
PC-UNIX
パソコンで動く UNIX 系の OS の総称。Linux や FreeBSD を指す。
RAR
ファイルを圧縮してまとめる形式の一つ。
Tcl/Tk
スクリプト言語 Tcl と、それで画面を作るための Tk。
Netscape Navigator
一九九〇年代に広く使われたウェブブラウザ。一九九八年にソースコードが公開され、その公開に合わせて「オープンソース」という言葉が使われはじめた。公開されたコードを引き継いだのが Mozilla で、そこから Firefox が生まれた。
Scheme
Lisp から分かれたプログラミング言語。文法が小さく、教育にも使われる。
CD-R
一度だけ書き込める CD。焼いている途中で処理が追いつかないと失敗し、その一枚は使えなくなった。
GIS
地理情報システム。地図の上に情報を重ねて扱う仕組み。
Visual Basic
マイクロソフトのプログラミング言語。画面を組み立てながら作れた。
もじら組
日本で最初の Mozilla のコミュニティ。二〇〇〇年十二月発足。代表を「組長」と呼ぶ。
Georepublic
オープンソースの地理空間技術を扱っていた会社。
Code for Japan
市民が技術で地域の課題に取り組む活動を支える一般社団法人。第九篇にも出てくる。
FOSS4G
Free and Open Source Software for Geospatial。地理空間のオープンソースが集まる国際会議。各地でローカル版が開かれる。
OpenStreetMap
誰でも編集できる世界地図。地図そのものがオープンデータとして公開されている。
OSGeo
地理空間のオープンソースを支える国際的な財団。
日本 UNIX ユーザ会
一九八三年発足。UNIX とその周辺の技術を扱う団体。
Navara
三次元の地図エンジン。GIS の処理を Rust と WebAssembly で持ち、描画は Three.js に委ねる。二〇二五年の FOSS4G で発表された。
MapLibre GL JS
ブラウザで地図を描くためのオープンソースのライブラリ。
Slint
Rust などで画面を作るためのオープンソースのツールキット。語り手はこれで同じデモの単体で動く版を作っている。
Otherman Records
デモで使われている音源のレーベル。クリエイティブ・コモンズのもとで公開されている。
クラウドネイティブ形式
巨大なデータをまるごと落とさず、必要な範囲だけを取り出せるようにしたファイルの形式。地図データでよく使われる。
HTTP のレンジリクエスト
ファイル全体ではなく、その一部だけを指定して受け取るための仕組み。

本文のライセンスは CC BY-ND 4.0。翻訳とその公開・配布は許諾しています。図書カード(PDF・TXT)